大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和47年(ワ)2660号 判決 1972年9月21日

本訴原告(反訴被告) 甲野太郎

右訴訟代理人弁護士 岸野順二

本訴被告(反訴原告) 甲野花子

右訴訟代理人弁護士 池田正映

右復代理人弁護士 池田昭男

主文

本訴原告の請求を棄却する。

別紙物件目録記載の土地建物が反訴原告の所有であることを確認する。

反訴原告のその余の反訴請求を棄却する。

訴訟費用は、本訴反訴を通じて全部本訴原告(反訴被告)の負担とする。

事実

第一本案の申立

一  本訴原告(反訴被告)甲野太郎(以下単に原告という)は、次の判決を求めた。

(本訴について)

1 本訴被告(反訴原告)甲野花子(以下単に被告という)は原告のため、別紙物件目録記載の土地、建物(以下単に本件土地建物という)について、東京法務局杉並出張所昭和四三年五月二一日受付第一六二〇八号をもって、同年同月一七日付の贈与を原因としてなされている原告から被告に対する所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。

2 本訴の訴訟費用は被告の負担とする。

(反訴について)

1 反訴請求を棄却する。

2 反訴の訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告は次の判決を求めた。

(本訴について)

1 主文の第一項と同旨

2 本訴の訴訟費用は原告の負担とする。

(反訴について)

1 主文の第二項と同旨

2 原告は本件建物から退去して、被告に対しこの明渡をせよ。

3 反訴の訴訟費用は原告の負担とする。

第二主張

(本訴関係)

一  請求原因

1 本件土地建物は、もと訴外乙山正の所有であったが、原告が昭和三八年一二月一〇日同訴外人から買受けてこれらの所有権を取得し、同日その旨の所有権移転登記が経由された物件である。

2 ところが本件土地建物について、東京法務局杉並出張所昭和四三年五月二一日受付第一六二〇八号をもって、原告からその妻である被告に対する所有権移転登記(以下これを本件登記という)がなされている。

3 よって原告は被告に対し、所有権に基いて右登記の抹消登記手続を求める。

二  被告の答弁と抗弁

1 請求原因事実は全部認める。

2 原告は、訴外乙山正から本件土地建物を買受けた当時直ちにこれらを被告に贈与した。本件登記は右贈与の履行としてなされたのであるが、登記申請に際して便宜上その登記原因を昭和四三年五月一七日付の贈与としただけのことである。従って、本件土地建物の所有権は原告から被告に移っており、原告の請求は理由なきに帰する。

三  抗弁に対する原告の答弁

被告主張の贈与は否認する。尤も、本件登記のなされる数日前の昭和四三年五月一七日頃、原告は本件土地建物を贈与する旨の意思表示を被告に対してしたことがあったが、原告にはその真意がないのに、他から受けていた脅迫まじりの厳重な債務支払の督促を免れるためにしたのであることを被告も知っていたし、然らずとしても、原告が心身共に困惑の極にあった折、これに乗じて被告がさせた意思表示で、公序良俗、信義誠実の原則に反し、いずれにしても効力のない贈与であるから、この贈与によって本件土地建物の所有権が被告に移転したことにはならない。

(反訴関係)

一  請求原因

1 本訴で抗弁したとおり、本件土地建物は被告の所有である。

2 しかるに、原告がその本訴での主張によっても明かなように、右1の事実を争っているので、右所有関係の確認を求める。

3 更に原告は、本件建物内に居住してこれを占有している。よって被告は原告に対し、本件建物の所有権に基いてこの明渡を求める。

二  原告の答弁と抗弁

1 原告が本件建物内に居住してこれを占有していることは認めるが、本訴で述べたとおり本件土地建物共に原告の所有である。

2 夫である原告に対する明渡請求は、それ自体として、或いは信義則違反、権利の濫用にあたるものとして、いずれよりしても許されない。

三  抗弁に対する被告の反論

原告と被告とは、現在本件建物内での居室と生計を異にして事実上別居生活をしており、法律上は夫婦であっても、これは既に破綻している。しかるところ被告は、本件建物を取毀した後の本件土地上にアパートを新築して賃料収入を得て生活の安定をはかる計画を有しているが、原告によって右計画の実現を妨げられ、困惑している。かかる状況下では、原告の抗弁は理由がない。

四  原告の再反論

原被告間の婚姻関係が破綻に瀕しているとすれば、それは、虚栄心と私欲が強く、我侭得手勝手で人間味に乏しく、妻としての義務も尽さず、愛情の涸れ切った態度に終始した被告に過半の責任がある。

第三証拠≪省略≫

理由

一  もと訴外乙山正の所有であった本件土地建物を原告が昭和三八年一二月一〇日に買受け、その旨の所有権取得登記がなされていること、ところが昭和四三年五月二一日に本件土地建物について原告から被告に対する所有権移転登記が経由されていること、以上の事実、即ち本訴の請求原因事実は当事者間に争いがない。

二  そこで、本訴の抗弁事実(反訴の請求原因1の事実)の存否について判断する。

(一)  まず、右の原告から被告に対する本件登記が原告自身の申請によってなされたことは、≪証拠省略≫を綜合して認め得るところである。

(二)  原告が本件登記の申請をしたのは、同じく右の各証拠によって認められる次の事実がその直接の理由である。

原告は、昭和四三年五月一五日の夜、それまで数日の間連日のように、訴外株式会社○○○から保証債務五〇万円の支払を脅迫まじりに督促され、この金策ができなかったため当夜は長男である甲野一郎方に身を寄せていたのであるが、本件建物内に止まっていた被告と電話連絡の結果、被告が右の五〇万円を調達して○○○からの追及を免れさせるのと引換に、本件土地建物の所有名義を登記簿上被告に移転することを約した。

(三)  右のごとき状況があったとはいえ、原告が簡単にこのような約束をしたのは、以下のいきさつがあったためである(≪証拠省略≫)。

(1)  原告と被告は昭和五年に結婚した。原告は、当時から現在まで引続きいわゆる「株屋」をしており、かなりの利益をあげることもあったが、大損をして一文なしになることもしばしばで、殊に戦後の混乱期や証券不況の折などには、被告が乾物等の行商をして得た収入で一家の生計が支えられるといった状態であった。

(2)  原告夫婦には持家がなく永らく借家住いを続けていたのと、原告がたびたび女性問題を起すため、被告は、右(1)のごとき経済的苦労と相俟って、将来の生活に対してかなりの不安をいだき、土地建物を手に入れてせめて住居面だけでも安心を得たいものとのぞんでいた。かくして被告は、昭和三八年一一月から一二月の初めにかけて、たまたま原告が株式の売買で大儲けをした折に、被告自身で本件土地建物(但し、土地の面積は現在より約三〇坪ほど広かった)を探し当てて、これらを買求めるようにねだった。

(3)  この結果冒頭で判示した本件土地建物の買受けがなされたのであるが、その動機と事情が上来判示したようなものであったため、原告はこれらを被告に買い与えたもの、換言すれば買受と同時に被告に贈与したものとの意識であったし、被告も同様に考えていたが、所有権移転登記だけは原告の名義に対してなされた。このため被告は、右買受の当初からこれらの登記名義を被告に移すよう始終執拗に求めていたが、原告が言葉の上ではこれに応ずる態度を見せていたものの、いざこれを実行することとなると多額の贈与税がかかると聞かされ、これを支弁する力が双方になかったのと、昭和四〇年頃に本件土地建物の登記済権利証を原告から受取ったこととから、それ以後は前ほど執拗に登記手続を求めることはしなくなった。

(4)  原告と被告は、性格的に氷炭相容れないところがあり、婚姻当初から不仲であった。被告は、きつい性格で自分本位な振舞も多く、娘や息子にも離反されている。(2)に掲げた原告の女性問題と被告の態度とは、相互に悪循環の原因となっている。このような状態であったにしても、ともかくも三十数年の間夫婦としての共同生活を送って来たのであるが、昭和四二年の初め頃から原被告の不仲が決定的なものとなり、同じ本件建物の中に居住しながらも食事その他一切の生活を別々に送るようになった。そして同年一〇月初めには、被告から原告に対し遂に離婚したい旨の申入れがなされ、原告もこれを拒みきれず、離婚を前提として同年一二月末までに、本件土地建物の所有名義を被告に移し、本件建物から出る旨の約束をさせられた。ところが、この約束の履行もいつしかうやむやのうちに遅延されたまま、翌昭和四三年の五月となり、前示(二)の約束と本件登記がなされた。

(四)  右のように認められ(る。)≪証拠判断省略≫これらの認定事実からすれば、本件の登記は被告主張の贈与の履行としてなされたものであるとの被告の本訴における抗弁と反訴の請求原因は共に理由がある。原告は、昭和四三年五月一七日の贈与が原告の真意でなく、しからずとしても公序良俗等に違反して無効である旨主張するが、本件の全証拠によってもこのような事実を認めがたいばかりでなく、本件登記が右五月一七日よりはるか以前になされた贈与の履行にすぎないものである以上、意味のない主張である。

三  以上判示したところによれば、本件登記の抹消を求める原告の本訴請求は理由がないが、本件土地建物が被告の所有であることの確認を求める被告の反訴請求は理由がある。

四  次に、被告の反訴請求中、原告に対し本件建物の明渡を求める部分の当否について判断する。

夫婦である原被告の関係が破綻の危機に瀕していることは先に認定したとおりであるが、法律上婚姻状態が存続している以上、夫婦に同居と協力扶助を命じている民法七五二条の法意に照して、右の請求を認容するのは相当でない。原告としては、被告が計画しているアパート築造にできるだけ協力すべきであるし、被告としても、離婚に至るまでの間は、新築後のアパートを含めて、原告との同居(たとえ形だけのものであるにしても)を拒むことはできないのであるが、もともと法による実効的な規制を望みがたいことがらである。従って、反訴請求中右の部分は理由がない。

五  よって、本訴反訴を通じて、本件土地建物が被告の所有であることの確認を求める反訴請求部分のみを正当として認容するが、他を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条但書を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小林啓二)

<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例